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こんな夜中にヤマグチノボル先生を思い出す

きっかけはふとしたこと。
ゼロの使い魔のロゴジェネレータってあるのかなと思ったことでした。

"ゼロの使い魔"

とりあえず検索をかけます。

検索結果を見て驚きました。

"ゼロの使い魔 ヤマグチノボル先生一周忌によせて"

なんてページが出てきたからです。

先生が亡くなられてから、もう一年経つのか……と悲しいような、寂しいような不思議な気持ちになりました。
そして、ロゴのことなど忘却の彼方になり、ヤマグチ先生によせられたメッセージを食い入るように読んでいました。
数多くよせられたメッセージは、どれをとっても、生前のヤマグチ先生を的確に表現しているように感じられました。


ヤマグチ先生は数多くの作品を執筆し世に送り出してきましたが、やはり最も印象的な作品は『ゼロの使い魔』ではないかと思います。
かく言う私も、何度読み返したことか知れません。

私が『ゼロの使い魔』という作品と出逢ったのは、アニメを通じてでした。
初めて視聴した時のことを、今でも鮮明に覚えています。
こんなに面白い作品がこの世にあったのかと、言い過ぎかもしれませんが、当時の感覚ではそのように思いました。

俄然『ゼロの使い魔』が気に入った私が、原作小説に手を伸ばさないわけはありませんでした。

しかしながら、アニメで動くルイズは可愛く、サイトは果敢で、助平だけど紳士で、他の登場人物たちも活き活きとしていました。
これがテキストベースになったら、やはり魅力は減少してしまうのでは無いだろうかと、そういう気持ちが大半を占める状況で原作小説を読み始めました。

こんな記事を書いていることから察せられるように、その予想は見事に覆されたのです。
アニメの『ゼロの使い魔』と同等、いえ、それ以上の面白さが原作小説には詰まっていました。

アニメーションの出来が決して不出来というつもりは無いのですが、原作小説を読んでしまうと、些か不満を感じざるを得ない点があります。

これはアニメでの売り出し方と、原作小説が発揮している面白さの汲み取り方に齟齬があったからではないかと推察しています。

アニメーションでの『ゼロの使い魔』は、どちらかと言えば、萌えやエロス的描写の比重が高く設定されています。
もちろん、それもゼロの使い魔の大きな魅力の一点ではあります。
しかし、ゼロの使い魔を優良な作品として成立させているものはその一点だけでは無いのです。
その要素を、アニメスタッフは上手く認識しきれていなかったのではないかと、感じざるを得ません。
または、認識はしていたのかもしれませんが、表現しきれていたとは言えないように思います。

ともかく、ゼロの使い魔の大きな魅力の一つとして、冒険譚的な要素は外すことが出来ません。
冒険とそれに伴う人間関係や人情の描写は、他を逸するものがあると確信出来ます。

そして何といっても外すことの出来ない魅力は、ルイズのコンプレックスです。
ゼロの使い魔』という作品は、人間のコンプレックスを非常に上手く物語の中で活用しています。
そもそも、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールというヒロインの存在は、コンプレックスに端を発しているといっても過言ではないと思います。
これは、ルイズのモデルとなった人物、ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールの経歴からも伺えることだと思います。

このように、様々な魅力から成立しているゼロの使い魔という作品を遺したヤマグチ先生には、敬服の念を抱かざるを得ません。
そして、ヤマグチ先生が指揮を執るキャラクターたちの動きを最早目にすることが出来ないのかと考えると、思わず目頭が熱くなってしまいます。

ヤマグチ先生のことですから、きっとまだどこかで筆を執っておられることと思います。
締切のないのんびりとした執筆生活の中で、美女とイチャイチャしながら冒険をする、そんな暮らしを送っていてくれれば良いなと思います。



さて、何故こんなに個人的な思い出話と、作者そして作品への思い出を連々書いたかというと、人の記憶や心に痕跡を残すという非常に困難な所業を、ヤマグチ先生は見事に成し遂げたと私が考えるからです。
ヤマグチ先生は物語の創作を通して、私を構成する物質に跡を残していきました。
そして私は、その影響を未だに受け続けながら日々生活しています。

他人に対して、これだけの影響力を発揮するということは、前述した通り、極めて難しいことです。
それだけの偉業を成すために、どれだけの努力が積み重ねられたかは、想像を絶するものがあるでしょう。

人を動かすには、とてつもない努力が必要です。
そして成功を収めるにも莫大な努力が求められます。
多少辛かろうが、その困難を乗り越え、努力を怠らない生活を送らなければならないと、改めて強く感じた夜になりました。
死してなお、このような考えを奮い立たせてくださるヤマグチ先生には感謝の言葉もありません。

そしてヤマグチ先生のように、何かを生み出したとき、その創作物を通じて他人に良い影響を与えられるような、そういった物を作ることが出来る人間に、いつか私もなりたいものです。