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何分の一の人間か

今日帰宅途中にふと思ったこと。


人間の価値ってその人の存在が全体の何分の一であるかで決まるのではないかと思った。

例えばその人の属性が一般的に人間が所有するものだけであった場合(食事が出来るとか睡眠が取れるとか)、その人は1/1の人間ということになる。
つまりどこにでもいるいくらでも替えの利く存在だということ。


逆にマイケル・ジャクソンみたいな他に全く替えの利かない人間であれば、1/70億の人間ということになる。


そう考えてみた時に自分が何分の一かを求めると、中々残酷なように思われる。

例えば、一般的にMARCHと呼ばれる大学郡に入学した人間の学力は日本の中だと上位10%程度と言われている。
世界的に見ればもう少し上がりそうだから、まぁとりあえず上位5%ということにする。

この場合、学歴意外に何らの属性も備わっていなければ、単純計算で1/20の人間ということになる。

一クラスに1,2人いるかどうかって程度の人数。

20人集めてくれば替わりになる人間がそこら中にいるのだと考えてみると、その存在価値の矮小さに驚く。


先日1/100ぐらいの価値がある評価を得て嬉しく思った反面、たかだか100人中1人という希少性しか持ち合わせることの出来ない自分の価値に若干落胆した。

自分の価値を高めるというのは、中々難しい行いのようだ。



一つ注意しなければならないのは、あくまでも前述した価値というものは相対的なものだということ。

親からしてみれば我が子は1/70億に値する価値を持っているし、逆にマイケル・ジャクソンに露程も興味のない人間からしてみれば、彼は1/1の存在でしかない。

要するにこの人間の価値を定めるパターンというのは、社会一般的に親密に関わりのない人間から成される評価と、親密な、例えば家族や友人や恋人から、成される評価の2種類のパターンが存在するように思われる。

前者は学歴とか職歴とか、そういった属性によって定められることが多いし、後者ならば交際に当たっての人間性みたいなものとかで定められると思う。

どちらもバランス良く高められれば良いんだろうけど、ボタンを連打していればレベルの上がるゲームの世界と違って現実でそれをやるのは骨が折れる。
良い方法はないだろうか。